私の知る限り、循環器疾患に限って言えば、漢方薬が、“直接的かつ劇的な効果を示すケースは少ないのではないか”と思っていました。
それどころか、私が循環器医になった頃、私の“循環器診療における漢方薬に対する印象”は、決して“良い”は言えないものでした。 なぜかというと… 大部分の漢方薬に含まれる“甘草”という成分が、すべての患者さんにおいてではないにしろ、稀に、血圧上昇、浮腫、血液中のカリウム値の低下を引き起こすからです。 もし、それにより(それには気づかず)血圧が上がってしまえば、いままで“良い血圧”であった患者さんは、“急に何事が起きたか!”と思って外来に飛び込んできますし、浮腫が起これば、当の患者さんは勿論のこと、その患者さんの主治医ですら、浮腫がその病気の代表的な兆候である“心不全”を心配し、循環器科へ紹介することもあるでしょう(血圧の上昇を伴えばなおさらです)。 またカリウム値の低下は、体内におけるミネラルにより作られる電気信号によって動いている“心臓の脈”を狂わせ、“不整脈”を引き起こし、もしその程度が重篤であった場合には、命にもかかわります。 そして、その根本の原因が、まさか漢方薬であるとは夢にも思っていない…。そういう状況が起こりえるからです。 そして、そのような患者さんが、しばしば口にされるのは、“漢方薬には副作用なんてないと思っていた”。“ほかの薬(西洋薬)の方の副作用だと思ってそちらをやめていた”ということです。 これは、決して笑い話では済まされない話ですね。
ですから、循環器医の中には、未だ、“私は漢方が好きでない”、さらには“処方しない”という先生までおられます。
しかし、私は、何も漢方薬を否定しているわけではありません。なぜなら、私自身においては、その恩恵にあずかった患者さんも、結構知っているからです。
ある患者さんにおいて、私のところを含め、いろんな病院やクリニックを受診しても取れなかった症状が、漢方専門のクリニックへ紹介させていただいたところ、そこで漢方薬を処方してもらったら、その症状が徐々に消えていった…、時には、短期間でうそのように消えたという例もありました。
ですから、要するに私が思うことは…
漢方薬にも西洋薬と同様に副作用というものが存在し、どちらの薬も、“処方するからにはその副作用の発生には注意が必要である”、ということには変わりがないこと。
そして、副作用に十分に注意しながら使えば、漢方薬も西洋薬も患者さんに大きな恩恵をもたらすということにおいて、変わりがないこと。
そして漢方薬は、西洋薬で対処できなかったいわゆる“隙間”の症状や病態に対処するのに非常に有益である、ということです。
では、“循環器の診療における漢方薬の活躍の場”といえばどうでしょうか…
冒頭で述べた通り、漢方薬は、循環器疾患そのものに対しては、 “直接的かつ劇的な効果を示すケースは少ないのではないか”という考えは、正直、今現在でも実際的なところです。ですから、他の分野に比べると(その活躍の場は)少ないのかもしれませんが…
でも、例えば、循環器外来を訪れる患者さんには、動悸や胸部の違和感が「心臓のせいではないか」、また、のぼせや頭痛を「血圧の変動のせいではないか」と感じて訪れる方が多くおられます。
しかし、そのような患者さんにおいて、精査の結果、有意な循環器疾患(心臓疾患など)が見つからないことも多くあります。
そのような場合、精査の結果が問題ないということで安心して、そのまま症状が気にならなくなる方もおられますが、その一方で、変わらず自覚症状は存在しつづけ、悩まれる患者さんもしばしばおられます。
このように、“循環器(心臓)的な症状は呈するものの、心臓がその直接的な原因でない場合”、その背景として、自律神経、ストレス、更年期などが関与していることがしばしばあります。
このようなケースにおいて、漢方薬が、その自律神経、ストレス、更年期にともなう諸症状にうまく働き、結果的に循環器的な症状であった動悸、胸部の違和感、血圧の変動(それに伴う頭痛、のぼせ、ふらつき感)が改善されることはあります。
また、降圧薬など循環器でよく用いられる薬の副作用で立ち眩み、のぼせ、頭痛などが生じることがあるのですが、漢方薬がこれらの症状を緩和する方向に働くことは、しばしば経験します。
したがって、循環器診療の中に漢方薬をとりいれることについてまとめますと…
西洋薬、漢方薬を、各々の副作用および相互作用に注意しながら、その患者さんの状況、希望、忍容性に合わせ、それらを上手に組み合わせて使用していくことが、秘訣なのかもしれませんね。
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